FDL REVIEW 寄稿「日本発のデザインワークを」(1998年)

 
1993年に企業を離れてイタリアヘデザイン留学し,その後ミラノでは多国籍な若いデザイナーたちと共に仕事をすることが できた。  1つの目標実現といえなくもないが、今や海外に多くの日本人が活動している現実や、次の課題を目の前にして満足などして いられない。また今後も海外での活動を考えれば将来の基盤を何処かに築く必要があると悟り,96年の秋に日本へ帰国した。  日本はすでにバフル景気の崩壊後ではあったものの、幸い帰国早々にイタリアのスタジオとデザイン契約の話を進めている 企業や渡欧以前の勤務先メーカーなどから仕事の機会を与えられ、昨年も数回に渡り欧州へ飛びイタリア以外の各国へも製品 開発の打ち合わせに足を運びながら日本市場のためのデザインを海外で実現することができた。  またイタリアのデザインスタジオのプロジェクトにも日本に居ながら継続的に参加している。  帰国後はフリーデザイナーということで活動を始めたが、このような独立したデザイン活動を可能にした理由の1つとしてコ ンピューターとインターネットの存在が大きいということは否定できない。特にインターネットの普及があってこそ、ミラノ のスタジオとほとんど時差のない共同作業が可能になった。  資料でも図面でも、作業の過程で必要な物はほとんどネット上でやりとりができる。むろん直接会って打ち合わせることが 最良の方法ではあるが、ともあれ現地でつちかった信頼関係があれば距離に関係なく仕事の機会を作る事ができる。  こうして小なりとはいえ国内外で仕事を進めるうち日欧の違いや昨今の社会の変化を感じることがある。日本に戻って仕事 をする上で最大のメリットは、より広く密度の高い人間関係の中でビジネスのチャンスを開拓できることだが、一方で海外で は可能なアプローチが有効でないこともある。  オーナー起業家による中小企業に経済原動力があるイタリアでは、デザインについてもオーナー自身へのダイレクトな提案 が有効だが、日本で直接デザイナーの意見を聞き、その場で提案の良否を判断するトップは多くないだろう。また評価が個人 より集団の判断に委ねられる日本では、不特定多数にわかりやすいプレゼンを求めるあまり、体裁を整えるためだけにコン ピューターやカラーコピーが多用される気配がある。  わかりやすい提案はデザイナーの義務だが、評価する者も確かな人格と責任を持った人間でなければならない。日本の創造 する力を維持向上させるには提案する者とそれを受け止める側の互いの意識を高める努力を一層する必要があるのではない か。見た目の美しい表面的な提案と評価に終始する社会では、これ以上発展する可能性がないだろう。  今自分が目指しているのは、再び日本の社会でデザインの実績を作ると同時に、海外にも常にチャンネルを開いてデザイン ワークのチャンスを作り、世界中と直接向かい合って仕事を開拓していくこと、世界中で通用する提案能力を磨くことである である。困難な目標だが、低成長の時代にあってこそ、新しいスタイルを模索していかなければならないと思う。 (藤田寿伸 工業デザイナー) (日経BP社「日経デザイン」1998年5月号)

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